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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1204号 判決 1988年3月30日

原告 新井正樹

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 原田敬三

椎名麻紗枝

被告 横浜市

右代表者市長 細郷道一

右訴訟代理人弁護士 上村恵史

会田恒司

米山安則

高井佳江子

大笹秀一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告新井正樹に対し、金四一三一万円、同新井慎一、同新井郁江に対し各金五〇〇万円及びこれらに対する昭和五九年六月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告新井正樹(昭和四一年五月二七日生まれ、以下「原告正樹」という。)は、同新井慎一(以下、「原告慎一」という。)と同新井郁江(以下、「原告郁江」という。)との間の長男であり、後記本件事故当時、横浜市立山内中学校(以下「山内中学校」という。)の三年生であった。

(二) 被告は、右山内中学校を設置、管理する者である。

2  本件事故の概要

昭和五六年六月四日午後四時三〇分ころ、横浜市緑区美しが丘五丁目四番地山内中学校の運動場内において、横浜市すすき野中学校(以下、「すすき野中学校」という。)野球部員と山内中学校野球部員が合同で野球部の部活動(以下、「本件部活動」という。)を行っていた際、別紙図面記載のとおりの体形でトスバッティング(以下、「本件トスバッティング」という。)の練習中に、バッターであるすすき野中学校野球部員の打ったボールが、正面に飛ばずにそれて、その斜め前方で他のバッターに対してピッチャーをしていた山内中学校野球部員である原告正樹の右額面眼鏡付近に当たり、その結果、同原告は右眼穿孔性角膜裂創の傷害を負った。

3  被告の責任

(一) 国家賠償法一条の責任

(1) 本件トスバッティングの危険性について

① 本件トスバッティングでは、軟式ボールを使用していたが、軟式ボールでも、打球の強さ如何によっては身体、殊に眼部に対して傷害を負わせることがある。

② 本件トスバッティングの体形は別紙図面のとおりであり、バッターとピッチャーがそれぞれ対応し、二列に並んで行われたが、このような体形では、ピッチャーは、対応するバッターのみに注意を払うため、他のバッターの打球に対しては無防備になり、各ピッチャー間、各バッター間、更にピッチャーとバッター間の距離如何では、他のバッターの打球が飛んで来た場合、ピッチャーはこれを避けることができず、その打球を身体に当てて受傷する可能性が高い。

③ また、本件トスバッティングの体形は、ピッチャーの後方にまで打球が飛んで行くことを想定したものであり、ピッチャーは後方に飛んだ打球の返球を受ける際にはバッターに対して背を向けることとなり、このような場合ピッチャーが他のバッターの打球を避けることができない可能性は更に高い。

④ 中学生のトスバッティングにおいては、ジャストミートの確率は三〇ないし四〇パーセントにすぎず、また、本件トスバッティングにおいてはキャッチャーを配置していないため、バッターはピッチャーの投ずるボールが悪球でも無理をして打つことが多く、打球が正面に飛ばない可能性が高かった。

⑤ 本件トスバッティングに使用したボールには規格外ボールもあったため、不規則バウンドの可能性があった。

(2) したがって、本件トスバッティングの練習体形自体に危険があり、山内中学校の野球部顧問であった千葉正之教諭(以下、「千葉教諭」という。)、同氏原和博教諭(以下、「氏原教諭」という。)は、それを回避すべく適切な練習体形を指導、改善すべきであったのに、同人らはこれを怠った。

(3) また、右のとおり、本件トスバッティングの練習は危険であったから、野球部顧問の教諭の立会いのもとに行われるべきであり、立会わない場合には練習を中止すべきであったところ、本件事故当時、前記千葉、 氏原両教諭及びすすき野中学校の野球部顧問根岸久明教諭(以下「根岸教諭」という。)はいずれもこれを怠り、本件トスバッティングの練習には立会わなかった。

(4) 部活動における生徒に対する指導内容は、生徒の年齢、知能、体力、技能、経験等の能力を総合的に判断すると同時に、野球競技の難易度、危険性などを十分に考慮し、安全教育にも努めなければならないところ、本件トスバッティングの危険性については前記(1)のとおりであるから、前記千葉、氏原両教諭は、日頃トスバッティングにおける安全教育をすべきであったのに、同人らはこれを怠った。

千葉教諭、氏原教諭は被告の公務員であるが、両教諭の行う部活動を含む生徒の指導教育は、国家賠償法一条の公権力の行使に当たり、同教諭らは右指導に当たり原告正樹を含む生徒の安全を配慮すべき注意義務があるところ、上記のとおり、両教諭には本件部活動について右注意義務を怠った過失があるから、同法一条に基づき、被告は、本件事故による原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 国家賠償法二条の責任

本件運動場は被告が設置管理しているものであるが、山内中学校は生徒の急増により運動場にプレハブ校舎がつぎつぎと新築、増築されたために、運動場の面積に比して右運動場を使用する生徒数が極めて多く、超過密の状態であった。本件事故当時も、野球部の他に、サッカー部と陸上部が右運動場で練習を行っていた。

このような狭い運動場において野球部活動を行った点に被告の過失がある。

(三) 民法七一五条の責任

被告は、前記千葉教諭、氏原教諭の使用者であり、同人らが被告の行うべき教育活動の一つである野球部活動を指導した際、前記(一)記載の安全配慮義務に反した過失により、本件事故を発生させ、原告らに損害を与えたのであるから、被告は民法七一五条により、右損害を賠償する責任がある。

(四) 民法七一七条の責任

山内中学校の運動場の使用状況は前記(二)のとおり超過密であった。右は土地の工作物である同運動場の設置保存の瑕疵に当たり、本件事故は右設置保存の瑕疵により発生した。

よって、被告は、右運動場の占有者ないし所有者として、民法七一七条に基づき、その設置または保存の瑕疵によって生じた原告らの損害を賠償する責任を負う。

(五) 債務不履行の責任

原告正樹及び同慎一、同郁江は、同正樹が山内中学校に入学する際、被告との間で学校教育を受けることを目的とした在学契約を結び、被告は原告らに対し教育する義務を負うとともに、その付随的義務として、原告正樹の学校教育において、生命、健康等に危険が生じないようにする義務があるにもかかわらず、被告の履行補助者である前記千葉教諭、氏原教諭は前記(一)記載の過失により、原告正樹を負傷させ、損害を与えたから、被告は債務不履行責任を負担すべきである。

4  損害

(一) 原告正樹の損害

(1) 逸失利益 二六三一万円

原告正樹は、本件事故により前記右眼穿孔性角膜裂創の傷害を負い、角膜強膜縫合手術、外傷性網膜剥離手術(二回)、外傷性白内障手術を受け、右四回に亘る手術により右眼の失明だけは免れたものの、現在、同原告の視力は右眼において矯正後〇・〇五にすぎない。また、網膜剥離、白内障の再発の危険があるため、日常生活においても、激しい運動、電車内での読書は一切禁止され、テレビの観賞も制限されている。

原告正樹の右後遺症のための労働能力喪失率は少なくとも四五パーセントを下らない。したがって、全労働者の平均月収を二八万一六〇〇円として、ライプニッツ係数を一七・三〇四として、中間利息を控除して原告正樹の逸失利益を計算すると、二六三一万三一五四円(但し、一万円未満は切捨)となる。

(281600×12×17.304×0.45=26313154)

(2) 慰謝料 一五〇〇万円

(二) 原告慎一、同郁江の損害

原告慎一、同郁江は、同正樹の両親として、同正樹の本件事故による受傷により甚大な精神的苦痛を受けており、右を慰謝すべき金額は、それぞれ五〇〇万円が相当である。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1、同2の各事実をいずれも認める。

2  同3(一)について

(一) 同3(一)(1)について

①は否認する。トスバッティングの打球のスピードは遅く、軟式ボールを用いた場合には打球が体に当たっても怪我をすることは通常考えられない。

②のうち、本件トスバッティングの体形については認め、その余は否認する。本件トスバッティングにおいては、各ピッチャー間、各バッター間の距離はそれぞれ四メートルないし四・七メートル、ピッチャーとバッター間のそれが七ないし八メートルであり、これらは危険を避けるためには十分の距離であった。

③ないし⑤は、いずれも否認する。

(二) 同3(一)(2)のうち、千葉、氏原両教諭が山内中学校の野球部の顧問であったことは認め、その余は否認する。

(三) 同3(一)(3)のうち、根岸教諭がすすき野中学校の野球部の顧問であったこと、千葉、氏原、根岸の各教諭が本件事故の際本件部活動に立ち会わなかったことは認める。

右教諭らに立会義務があったこと及び右教諭らが右義務を怠ったことは否認する。

(四) 同3(一)(4)は否認する。

(五) 同3(一)の千葉教諭、氏原教諭の過失及び被告の責任については争う。

3  同3(二)のうち、本件事故当日、野球部の外にサッカー部、陸上部が山内中学校の運動場を使用していたことは認め、その余の事実は否認し、被告の責任は争う。

4  同3(三)の認否は2と同じ。

5  同3(四)の認否は3と同じ。

6  同3(五)の認否は2と同じ。

7  同4のうち、原告正樹の負傷内容及び同原告が角膜強膜縫合手術、外傷性網膜剥離手術(二回)をそれぞれ受けたことは認め、その余は不知。

三  被告の主張

1  公立中学校における部活動の指導は国家賠償法一条所定の「公権力の行使」に当たらない。

仮に該当するとしても、本件トスバッティングの体形自体については、前記請求原因に対する認否2(一)、(二)のとおり十分な間隔でなされたものであり、危険はないのであるから、千葉、氏原両教諭に過失はない。

また、部活動の指導教諭には、事故の発生を予見できる具体的な事情がない限り部活動への立会義務はないところ、山内中学校及びすすき野中学校の野球部員は、日ごろからキャプテンを中心にまじめに練習しており、本件事故の発生を予見することはできなかったのであるから、本件部活動の立会義務は無かった。更に、本件事故当日、山内中学校では川上教諭が野球部活動の代理監督として野球部員に練習の注意を与えており、一方、すすき野中学校では、仲村教諭が、運動場で実際に野球部の練習を監督していたのであるから、当日の指導も十分なされていた。

したがって、国家賠償法一条、民法七一五条、同四一五条に基づく請求は理由がない。

2  国家賠償法二条の請求について

狭い運動場において野球部活動を行ったとしても、そのことは、公の営造物の物的な瑕疵には当たらないから、国家賠償法二条の適用はない。

3  民法七一七条の請求について

運動場は土地の工作物ではないし、運動場の使用状況が超過密であったとしても、そのことは土地の工作物の物的瑕疵には当たらないから、民法七一七条の適用はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)、同2(本件事故の概要)の各事実については当事者間に争いがない。

二  本件トスバッティングについて

本件トスバッティングの練習体形については当事者間に争いがなく、右事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  トスバッティングの目的は、バッターがバットの芯でボールを正確に打つ技術を習得することにあり、その方法は、ピッチャーがバッターに対し緩いボールを投げ、バッターはバットを振り切らず、軽くボールに当てて体の正面でバットを止め、ボールをワンバウンドで緩くピッチャーに打ち返すことであり、本件部活動においても野球部員は、主に野球部顧問である千葉教諭から右方法による練習を指導されていた。

2  本件トスバッティングにおける野球部員の配置間隔は、通常、各バッター間、各ピッチャー間の距離がそれぞれ四ないし五メートル、バッターとピッチャーとの距離が七ないし八メートルであり、その練習方法は、前記のとおり、ピッチャーが緩いボールを投げ、これをバッターがワンバウンドでピッチャーに打ち返すものであり、これを七、八組のバッターとピッチャーが一斉に、しかも、適宜行うものであった。そして、ピッチャー、バッター以外の野球部員は、ピッチャーの後方、通常の内野の守備位置付近(バッターから約二〇メートル程度までの距離と推定される。)までの間に適宜の間隔で守備要員として配置されており、キャッチャーの配置はなく、全員が順番に、ピッチャーないしバッターとなりトスバッティングを行っていた。

3  ところで、本件部活動においては、各バッターがバットの芯でボールを捕らえ、ワンバウンドで正確にピッチャーに打ち返す確率は三〇ないし四〇パーセント程度であり、したがって、ワンバウンドでピッチャーに打ち返されない打球が相当数あり、そのなかには、ピッチャーの後方にいる守備要員のところまで、ゴロや小フライとなって達するものもあった。

三  本件事故に至る状況と本件事故の原因について

1  山内中学校の野球部顧問千葉、同氏原の両教諭及びすすき野中学校の同部顧問根岸教諭が、いずれも本件事故当日の本件部活動に立会わなかったことについては当事者間に争いがなく、当事者間に争いがない請求原因2(本件事故の概要)の事実に、《証拠省略》を総合すれば、本件事故当日の練習は当初山内中学校の野球部員のみで行われていたが、間近に迫った野球試合のために、すすき野中学校の三年生の野球部員も自主的に参加して合同で行われたこと、右野球部員らは準備体操等の後別紙図面記載のとおりの体形で本件トスバッティングの練習に入り、通常通りの方法、内容で練習していたこと、原告正樹が右トスバッティングにおいてピッチャーをしていた際、同原告に対応するバッターの打球が同原告の左後方にそれたため、バッターに背を向けてそのボールを捕球しようとしていたところ、同原告の対面するバッターの右隣のバッターの打球が正面に飛ばずにそれて同原告に当たりそうになり、周囲の野球部員の発した「あぶない。」との声に同原告がバッターの方に振り向いた途端、右打球が同原告の眼鏡を直撃(但し、ライナーで当たったのか、バウンドして当たったのかは証拠上明らかではない。)して本件事故が発生したことが認められる。

そして、右事故の発生状況ないし当事者間に争いがない原告正樹の負傷の程度に照らすと、同原告に当たった打球の速度は相当速く、かつ、強かったものと推認される。

2  右1の事実及び前記二で認定した事実に徴すれば、本件事故の原因は、原告正樹の右隣りのバッターの打った相当速く、かつ強い打球が、正面に飛ばずに約三〇度位(ピッチャー間の距離を四メートル、ピッチャーとバッターとの距離を七メートルとした場合、それた角度は三〇度強である。)それて飛来したのに、同原告が後ろを向いていてその打球に注意を払うことができなかったために生じたものということができる。

四  被告の責任について

1  本件事故が、公立中学校における、生徒の任意参加による課外活動の最中に発生したものであることについては当事者間に争いがない。

ところで、このような任意参加の課外活動についても、それが公立中学校における教育の一環として行われているものであることは明らかであるから、その公立中学校の当該課外活動における教師の指導は国家賠償法一条所定の公権力の行使に当たるものというべきであるところ、右指導に当たる公務員(教員)は学校教育法上も、当該課外活動を指導するに当たり、生徒の安全を配慮すべき注意義務があるものというべきである。

2  そこで、本件事故について、被告の側に課外活動としての本件部活動について安全配慮義務が尽されていたかどうか、即ち、野球部顧問である千葉、氏家両教諭らの過失の有無を判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、中学校においては現在野球部活動は一般的に行われており、そこでは野球の基礎的技術の習得を目的としており、トスバッティングもバッティング技術の習得のための重要な基本的練習として把握されていること、トスバッティングの目的はバッターがバットの芯でボールを正確に打つ技術を習得することにあり、その練習方法は、一般的には、ピッチャーがバッターに対し緩いボールを投げ、バッターはバットを振り切らず、軽くボールに当てて体の正面でバットを止め、ボールをワンバウンドで緩くピッチャーに打ち返すものであり(前記二1)、その練習体形についても、一般的には、バッターとピッチャー間は七、八メートル、更にその後方七、八メートルに守備要員数名を置いて行われていることが認められる。一般に、スポーツとしての野球及びその練習には絶えず危険が伴うものではあるが、野球ないし部活動の有する教育的意義に鑑みれば、安全に留意した上で、中学生が課外活動として野球を行うことは極めて有意義であり、右トスバッティングの練習方法と体形自体は危険性も少なく合理的であるというべきである。

(二)  ところが本件の場合には、前記二のとおり、ピッチャー、バッターがそれぞれ並んでトスバッティングを行うのであって、その練習中には同時に複数の打球が飛び交うことになるのであるから、右に述べた一般的なトスバッティングの練習とはやや事情を異にする。

即ち、本件のように、右の一般的なトスバッティングの体形を、四、五メートルの間隔で並列した練習体形でトスバッティングを行う場合、ピッチャーは自己の対面するバッター以外のバッターの打球に対しては十分な注意を払うことができず、更に、その打球のうちにはピッチャーの間を抜けて、或いはピッチャーの頭上を越えて、後方の守備要員に達するものもあったから、中学生の野球技術水準からみると、この練習体形においては他のバッターの打球がピッチャーの身体に当たる可能性がないとはいえない。

しかしながら、バッターが野球部顧問の教諭の指導に従い、バットを振り切らず、ピッチャーに向かって軽く打ち返すという前述したトスバッティングの一般的な練習方法をとっているならば、経験則上、その打球は概ねワンバウンドか緩いゴロ又は小フライとなってピッチャーの方向に飛ぶのが通常であると推認されるところ、技術が未熟である場合には、打球が正確にワンバウンドでピッチャーに打ち返される確率は高くなく、打ち損じて後方に逸したり、ピッチャーの左右又は後方に緩いゴロ或いは小フライとなって飛ぶことが多くなり、時には大きくそれて隣りのピッチャーの位置付近にまで飛ぶこともあり得ると考えられる。しかし、その打球が隣りのピッチャーの位置付近までそれる場合があるとしても、その可能性はさして大きくなく、また、隣りのピッチャーの位置に達したとしても、それが緩いゴロ或いは小フライであれば、直ちに危険であるということはできない。

そして、右のような方法でトスバッティングの練習が行われている限り、中学生の野球技術水準を考慮に入れても、バッターの打球が隣りのピッチャーの身体に強く当たる可能性は極めて小さいものというべく、このことは後記のとおり、本件トスバッティングの練習において野球部顧問の教諭らが現実に具体的危険を感知することがなかったことからも推認できることである。

そうすれば、前記一般的なトスバッティングの体形を、四、五メートルの間隔で並列した本件トスバッティングの体形は、それ自体危険性を有するものと断定することはできないから、右体形によってトスバッティングの練習をさせていたこと自体につき、野球部顧問の千葉、氏原両教諭に過失があったということはできない。

(三)  《証拠省略》によると、本件部活動において野球部員はキャプテンを中心によくまとまっており、平常まじめに練習していたものであって、練習中にふざけたり、顧問の教諭らの指導に従わないという状況はなかったこと、本件トスバッティングの練習体形は本件部活動において通常行われていたものであるが、本件事故に至るまでトスバッティング中に事故が発生したことはないこと、顧問の千葉教諭らは、多くの場合本件部活動に立会いその練習を指導していたが、野球部員の技術が未熟であり、トスバッティングにおいてバッターが正確にピッチャーに打ち返す確率はそれ程高くないことを認識してはいたものの、その打球が隣りのピッチャーの身体を直撃するほどの危険性を感知したことはないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そうとすれば、右の練習状況の下で、前記並列した練習体形でトスバッティングの練習をさせていたことにつき、野球部顧問である千葉、氏原両教諭に過失があったとはいえないし、また、両教諭が本件トスバッティングにおいて事故の発生を予見し得たということはできず、これを予見すべきであったということもできないから、本件事故の発生について、右教諭らに過失があったということはできない。

(四)  原告らは、野球部顧問の教諭らが本件事故当日トスバッティングの練習に立会わなかったことに過失がある旨主張する。

しかしながら、任意参加である課外活動については、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情がある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の部活動に常時立会い、これを監督指導すべき義務を負うものではないと解するのが相当である。

ところで、本件においては、野球部顧問である千葉、氏原両教諭らは、本件事故当日の部活動に立会っていないが、同教諭らにおいて、本件トスバッティングの練習中に野球部員らがふざけたり、平常の指導に背いて勝手な練習方法をとるなど、何らかの事故が発生する危険性を具体的に予見し得るような特段の事情は認められないから、原告らの右主張は理由がない。

(五)  また、原告らは、本件トスバッティングの練習方法・体形に危険性があることを前提として、千葉、氏原両教諭が本件トスバッティングの練習において安全教育をすべきであったのにこれを怠った旨主張するが、本件トスバッティングの練習方法・体形について危険性が認められないことは既述のとおりであるから、右危険性を前提とした原告らの主張は理由がない。

以上によると、本件トスバッティングの体形等その指導方法について、千葉、氏原両教諭に過失があったものと認めることはできないから、右教諭らの過失を前提とする原告らの主張はいずれも理由がない。

3  原告らは、本件事故の原因は、山内中学校の運動場が狭く、超過密の状態にあったことにあると主張する。

しかしながら、本件事故は、運動場が狭かったこと或いは多数の運動部員が同時に運動場を使用していたことにより発生したものとは認められないから、運動場が狭隘であること及びその使用状況を前提とする原告らの主張はいずれも理由がない。

五  以上の次第で、原告らの請求は、その余の点について検討するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 樋口直 小西義博)

<以下省略>

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